2008年5月26日 (月)
京都散策
伊勢の帰りに、8年半ぶりに京都に行ってきました。
目的は、今でも断続的に行っている一の宮神社巡りです。
京都には山城国一の宮として、賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ…別名 上賀茂神社(かみかもじんじゃ))と賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ…別名 下鴨神社(しもかもじんじゃ))の2社がありまが、双方とも京都の世界遺産に登録されている17社寺の中に入っています。
この2社の例祭は毎年5月15日に行われる賀茂祭、別名葵祭と呼ばれているもので観光京都における祇園祭、時代祭とともに京都の三大祭として広く海外にも知られています。
葵祭は平安時代の衣装を身にまとった総勢500名以上の行列が、牛車とともに京都御所から下鴨神社を経て上賀茂神社まで向かいます。
参拝したのは5月9日のため、実際の祭りは見ることは出来ませんでしたが、コースを逆順に参拝・観光しただけにとどまりました。
上賀茂神社は本殿、権殿が国宝。御祭神は、賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)

上賀茂神社
下鴨神社は、東西の本殿が国宝。御祭神は、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、賀茂建角身命(かもたけつぬのみこと)。

下鴨神社
訪れた日は、有名社寺には修学旅行生が大勢いて大変な賑わいを見せる時期ですが、ここ2社には修学旅行生の姿はなく、美しい緑に囲まれた落ち着いた雰囲気の中で参拝することが出来ました。
2社参拝の後は、葵祭のスタート地点である京都御所の見学。明治2年(1869年)まで歴代天皇の居所・執務所であった所です。
事前にネットで見学の申し込みをしておきましたが、職員が約1時間御所内を丁寧に説明してくれます。なお春と秋には一般公開されます。

京都御所
ところで、京都駅前には高さ131mの京都タワーが立っており京都市内を一望出来ますが、上から見る京都は古都京都の面影は微塵も感じられません。
所々に寺院の塔や建物、緑地が散見出来る程度で、眺望のほとんどは、通常のビルと住居です。
東京ですと高層ビルの情景が一種の都市美を感じさせ、古い歴史的な建物が立ち並ぶ都市のような美しい情景にもほど遠いものです。

京都タワーから東寺方面を見る。手前のビルは京都駅
京都はやはり、上から眺める所ではなく、足を地につけ古い街並や社寺の参道、庭内をユックリ時間をかけて自然や歴史的建造物を見て歩くのが一番であることを納得した京都散策でした。
なお、葵祭の画像は、和田フォトギャラリーのホームページをご覧下さい。他にも世界各地の観光名所が高画質で楽しめます。
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2008年5月14日 (水)
お伊勢まいり-2
外宮から内宮に向かう途中で、五十鈴川駅近くの内宮の別宮である月読宮(つきよみのみや)を参拝。ここには、四宮が並び月読宮は主宮で天照大御神の弟神の月読尊をお祀りしてあります。
後の三宮は、月読荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)、伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)、伊佐奈弥宮(いざなみのみや)です。
右から月読荒御魂宮、月読宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮
その後、内宮近くの猿田彦神社を参拝して、宿泊場所の神宮会館にチェックインし、おはらい町、おかげ横丁を散策。話題の赤福は見事に復活していました。
左 赤福本店 右 赤福
翌朝8日、6時30分から神宮会館宿泊者対象の早朝参拝に参加します。
約1時間半かけて宇治橋、五十鈴川御手洗場、滝祭神(たきまつりのかみ)、風日祈宮(かぜひのみや)、天照大御神をお祀りしてある正宮(しょうぐう)、平成25年の式年遷宮時に新しい社殿が建て替えられる新御敷地(しんみしきち)、荒祭宮(あらまつりのみや)等の内宮の主要場所を会館職員の案内・説明で参拝して歩きました。
早朝のため、参拝者がまばらで、美しい新緑の中で清々しい空気を味わいながらのフレッシュな感覚が残る参拝でした。

早朝参拝の様子
早朝参拝での正宮参拝は、外玉垣南御門の外での一般参拝場所であり、外玉垣南御門内の特別参拝は、朝食後に改めて参拝することとしました。
内宮一般参拝所
そして、朝食後に正宮の特別参拝に向かいます。
外宮の時と同じように神職に会員章を提示して記帳します。外宮の記帳は墨と筆で不慣れでしたが、内宮ではサインペンのため書き易かったのが印象的です。
塩による神職によるお払いの後、案内されて所定の参拝場所へ。緊張感は、外宮の時よりやや薄れましたが、それでも多少の緊張感。外宮時と同じく参拝者はわたし一人です。
参拝場所で二拝二拍手一拝するのですが、最初の一拝した時、なぜか頭を下げたままの状態になってしまったのです。自分でもわからずにそのままに。
そうしたら、身体は微動だにせず体中に何とも言えない気持ち良いエネルギーが流れていくのを感じました。身体全体にフワーッと頭の上から足のつま先まで流れていきます。
とても気持ちが良くて、そのまま頭を下げたまま10数秒も経過したのだろうか。横にいる神職も頭を下げたまま。充分すぎるほどの時間の経過でした。
そして、おもむろに頭を上げて改めて二拝二拍手一拝をするのでした。
伊勢神宮最後の参拝で感動的な体験を味わえました。
この気持ち良さは至福感につながるもの。自宅へ帰ってから今朝(14日)もまだ流れているのを感じます。
この至福感は、今回の伊勢行きの目的が叶ったことを天照大御神が示してくれたメッセージである確信を抱くのでした。

内宮御正殿 (神宮司庁発行「神宮」より転載)
(了)
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2008年5月12日 (月)
お伊勢まいり-1
先週、3年ぶりに伊勢神宮へ参拝してきました。
昨年秋頃から、来年(08年)の節目になる時期に伊勢に行こうと思い、今年に入ってからその時期について考えていましたが、4月に入ってから5月が大きな節目と判断したのです。
今年に入ってからの、自分自身の夢見、内なる心身の変化や精神世界に関するサイト等を総合的に観察してみると、意識の世界では明らかに新しい方向に向かっていることが実感出来ていました。
4月に入って意識の中に高次の領域が作られ、5月からは意識の拡大と統合意識が促進されていくとの認識からでした。
伊勢行きの目的は、今までの全てに感謝を表することと、これからの時代も神の御心に従うことを誓うことにあったのです。
ゴールデンウィークの連休後の7日の伊勢行きのため、混雑はなく落ち着いた雰囲気の中で参拝が出来ました。
まず、近鉄志摩線の上之郷駅の近くにある伊雑宮(いざわのみや)に行きます。
伊雑宮
ここは、伊勢神宮内宮の別宮ですが、志摩国一の宮になっていて天照大御神御魂がご鎮座されています。
中に入ると、深く頭を下げたまま祈りを捧げている人を数人見かけました。
非常に落ち着いた雰囲気の中で参拝出来、参拝中に身体が自然に動く霊動を体験し波動の高さが実感出来ます。
電車の都合でわずか10数分の滞在でしたが、かの参拝者は祈りを続けていました。
この後、伊勢神宮の外宮(げぐう)に向かいます。
外宮は正しくは豊受大神宮(とようけだいじんぐう)と呼ばれ、食物・穀物や広く産業を守護する豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀ってあります。
さて、今回のお伊勢まいりは4回目になりますが、今回は外玉垣南御門(とのたまがきみなみごもん)の内での特別参拝を行いたく、神宮崇敬会に入り資格を得て参拝しました。
外宮一般参拝所

内宮・外宮平面図(クリックすると拡大して見られます)
通常の一般参拝は、写真や平面図の通り板垣南御門の内の外玉垣南御門の外で参拝することとなりますが、特別参拝は内に入れるのです。
特別参拝は、会員章を神職に提示すると記帳後、塩でのお祓いを受け、神職の後について参拝場所に案内されて参拝します。
初めての経験でもあり、緊張感を感じる中、厳かな雰囲気を味わいましたが、霊動やその他の感覚はありませんでした。
しかし、翌日の内宮(ないぐう)すなわち皇大神宮(こうたいじんぐう)での特別参拝は新たなる感動を体験することとなります。
(14日に続く)
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2008年2月 4日 (月)
秩父の神社-2
今宮神社
秩父の神社の次は、近くにある今宮神社へ参拝します。
今宮神社は、御由緒によると次の通りです。
当社には古代より龍神池と言われる霊泉があり、ここに伊邪那岐・伊邪那美の二神が祀られていました。大宝年間(七〇一~七〇四)、役行者(えんのぎょうじゃ)が飛来し、神仏混淆を旨とする修験の教えを広めるとともに、この地に宮中八神と、観音菩薩の守護神である八大龍王を合祀し、以後、明治維新まで『八大宮』と称するようになりました。
八大龍王神は『水』をつかさどる偉大な神であり、生きとし生けるものすべてに『生命のおおもと』(生きる力)を授けるという素晴らしい御神徳をお持ちです。当社において毎年四月四日に執り行われる水分(みくまり)神事では、今宮神社から秩父神社に『水幣(みずぬさ)』が授与されますが、この『お水』によって育った稲が秋になって無事収穫されたことの喜びとともに、感謝の気持ちを込めてこの『お水』を再び武甲山に戻すお祭り、これが十二月三日の秩父神社の『秩父夜祭り』なのです。
また、ここの御神徳は、「宇宙の生命(いのちのおおもと=宇宙の法則=自然の法則)を感得できる力を授けて下さる」とのことでもあり、境内には樹齢1000年以上の「龍神木」と呼ばれる大ケヤキがあり、不思議な現象があったようで、独特のエネルギーを感じます。
大ケヤキの龍神木

龍神木の由来
事実、2年前の06年の正月に体調不良の折、今宮神社に正式参拝した直後に、身体内の何とも言えない混沌としたエネルギーが一挙に飛散し、久しぶりの清々しい気持ちになった貴重な体験があり、このことが、秩父の神社を参拝するもう一つの大きな理由になっているのです。
その後、長瀞の近くにある宝登山神社に参拝します。
宝登山神社
御祭神は、神日本磐余彦尊(神武天皇)、大山祇神、火産霊神です。
この神社の近くからロープウェイに乗ると、今の時期はロウバイが見られる宝登山(標高497m)山頂駅に行けます。
訪れた時は、ロウバイは5分咲き程度。今頃は、西ロウバイ園が見頃を迎え、東ロウバイ園は2月中旬に見頃を迎えるようです。

ロウバイ園

ロウバイ
この日は、時折、雪がぱらつく寒い日でしたが、結構観光客の姿も目に付きました。
こうして、秩父霊場三十四ヶ所としても名高い秩父の地のエネルギーをタップリ吸い込んで帰宅の途につきました。
(了)
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2008年2月 1日 (金)
秩父の神社-1

秩父神社
1月下旬の先日、埼玉県にある秩父の神社3社を参拝しました。ここ数年、毎年の1月参拝です。
秩父の神社3社と言えば、一般的には秩父神社、三峯神社、宝登山神社の3社のようですが、参拝したのは秩父神社、今宮神社、宝登山神社の3社で、三峯神社は距離的に離れていて時間の関係で行きませんでした。
秩父神社は、京都の祇園祭、飛彈の高山祭と並んで日本三大美祭及び日本三大曳山祭の一つに数えられる秩父夜祭を、12月に開催することで全国的に知られていますが、実際には見学したことはありません。
神社の近くに秩父まつり会館があって、夜祭の内容を詳しく知ることが出来ます。
秩父神社の御祭神は、八意思兼命、知知夫彦命、天之御中主神。
この神社の面白い所は、境内社の一つとして天神地祇社(てんちぎしゃ)があり、全国の一ノ宮75座をお祀りしてあるのです。
すなわち、天神地祇社それぞれのご神前にお参りすれば、合わせて全国75社の一ノ宮を遙拝したのと同じことと案内板には書かれています。
簡易版全国一ノ宮巡りとでも言いましょうか。
秩父神社へ毎年参拝する一つの理由が、天神地祇社への参拝です。
境内にある天神地祇社
天神地祇社に祀ってある一ノ宮神社の神様の一部
案内板によると一ノ宮の神様がお祀りされている理由は、御祭神である八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)が、多くの神々の意見をまとめられ、折々のご聖断を下される神様として古典神話の中で活躍されていたからとされています。
八意思兼命は、天照大御神が天岩戸に隠れた時に、天照大御神を天岩戸から出す方法を神々達から知恵を出すことを依頼され、天宇受売命に天岩戸の前で躍らせ、それを周りではやしたてて、天照大御神が顔をのぞかせた瞬間に、天岩戸の脇に控えていた天手力男神が天照大御神の手をとって引き出すという方策を考え、これが見事に成功したことで知られています。
その他、八意思兼命は、高天原の重要な局面で知恵を出して事態を打開し、天照大御神の意向を対して行動する神として、物語られているようです。
このようなことから、八意思兼命は、難しい局面を打開する神、知徳の神として崇められています。
これからの時代に向け、そのようなエネルギーを頂いてきました。
(4日に続く)
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2008年1月28日 (月)
おみくじ-3
氏神神社のおみくじ
氏神神社でひいた今年のおみくじは、今までひいたことがなかった「大吉」で、「意志を強く持ち努力すれば竜が天に昇るように出世します」との運勢だそうです。
さらに「聖人は大きな宝玉を貴ばず、わずかな時間を惜しむ。時は得がたく失い易い」との「言」が書かれていました。
そして、2年前と同じ辛い思いの体験をすることになるかどうかの健康については、「全快します」とのこと。健康上での辛い思いはないらしい。
明治神宮とのおみくじとの関連から、今年の神様からのメッセージは、以下のように読み取りました。
今年は、地元地域活動への仕事が多くなりそうな気配の中で、自身の個人的な活動と合わせて、時間的にも従来のようにノンビリ出来る状態ではなくなる。
活動の中身自体も社会性を帯びてくるため、「困難なことがあっても、正しい道は、どんなに苦労しても、強い信念を持って、勇敢に進むべきです」と読み取りました。
自分自身に強くあれという、あらゆる人に通じる、世の中がさらに混沌としてくる時代に一番相応しい神様からのメッセージであるようです。
(了)
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2008年1月25日 (金)
おみくじ-2

明治神宮おみくじ 大御心-表

明治神宮おみくじ 大御心-裏の解説
この「茂りたるうばらからたち払ひてもふむべき道はゆくべかりけり」という大御心のおみくじをひいた時、背筋の寒い思いがしたというのは次の理由によるものです。
同じ大御心のおみくじをひいた2年前の平成18年は、前年からゆっくり進んでいた体調の不調が正月から一気に加速し、体調の絶不調となって少々辛い思いをした体験があるからです。この時のことが脳裏をかすめ、また同じ体験を?と考えたためです。
もっともこの不調は、4月の桜が満開になると同時に回復基調に入り、秋にはほとんど復調していきます。
この体験は結果的に、必要な心身の浄化に他ならなかったのですが、沢山の気づきを得ることが出来ました。
それによって、大御心の解説にある「トゲの茨、針のついたからたちなどの生い茂っている困難な道でも、人としてふみ行わなければならない正しい道は、どんなに苦労しても、強い信念を持って、勇敢に進むべきです」という意味が理解できることとなります。
一方、氏神神社でひいた平成18年のおみくじは、詳細は忘れたものの、小吉で「面倒なことがある」ことと「病は長引く」ような事が書いてありました。
このことから、平成18年は氏神神社と明治神宮のおみくじは、その後の状況を的確に述べていることから、神様からのメッセージであったことを納得するのです。
ところが明治神宮のおみくじは2年前と同じでしたが、氏神神社の今年のおみくじのメッセージは2年前とは違っていました。
(28日に続く)
Posted by しんゆひで at 07:56 午前 神社 | Permalink
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2008年1月23日 (水)
おみくじ-1
明治神宮
一昨日、大寒の21日に今年初めての明治神宮参拝をしてきました。
例年ですと、正月三が日の3日に参拝し、振袖姿の女性を見かける中で正月の風情を楽しみながらの参拝ですが、今年は事情により21日となったのです。
21日ともなると、正月の風情は全くなし、加えて大寒に相応しく肌寒い中、参拝客も閑散としていました。
天気予報では雪の降る確率も高いと言う中で、雪の明治神宮の写真を期待しましたが、全くの空振りとなり寒さが身に凍みたものの、清々しい気持ちでの参拝となりました。
参拝後、恒例によりおみくじをひきます。普段、おみくじは一切ひかないのですが、正月のみ地元氏神神社と明治神宮の2社のみひいています。
おみくじは神様からのメッセージと言われています。そのメッセージを読んで、これから1年間の行動の指針とする訳です。
明治神宮のおみくじは明治天皇御歌と昭憲皇太后御歌の「大御心(おおみこころ)」のどちらかをひいて、その御歌の意味がメッセージとなるのです。
そして、当日は昭憲皇太后御歌を引いて、一目見て寒気の中でさらに背筋の寒い思いをしました。一昨年、平成18年のおみくじと同じであったのです。
この御歌は次の内容でした。
「茂りたるうばらからたち払ひてもふむべき道はゆくべかりけり」というものでした。
これは「トゲの茨、針のついたからたちなどの生い茂っている困難な道でも、人としてふみ行わなければならない正しい道は、どんなに苦労しても、強い信念を持って、勇敢に進むべきです」と解説してありました。
(25日に続く)
Posted by しんゆひで at 08:03 午前 神社 | Permalink
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2008年1月 9日 (水)
冬の日光-2
東照宮の次の見所は国宝陽明門です。

陽明門
詳しくは、こちらのホームページでじっくり味わって下さい。
そして、次にやはり左甚五郎の作と伝えられる国宝「眠り猫」です。

眠り猫
この眠り猫をくぐりぬけて階段を上っていくと徳川家康の墓所、奥社に着きます。
徳川家康の墓所
その後、階段を下り本殿での参拝です。この中も絢爛豪華。
本殿(日光観光協会HPより)
そして、鳴竜のある薬師堂へ。
鳴竜のある薬師堂
この中には縦6メートル、横15メートルの竜が描かれていて、竜の頭の下で拍子木を打つと、天井と床が共鳴して鈴のような鳴き声に聞こえます。それで鳴竜と言われるのです。尻尾の方では響きません。
鳴竜(日光観光協会HPより)
こうして、東照宮を後にして、いろは坂を上り始めた頃にやっと雪が路肩に見え始めます。
中禅寺湖畔の日光二荒山神社の中宮祠へ。めっきり参拝者の数は減っています。
日光二荒山神社中宮祠
そして、竜頭の滝、戦場ヶ原、湯滝、湯の湖、華厳の滝等を巡って来ましたが、冬の日光の風情は他の季節とは違った趣があるものの、写真に撮ると白一色になりがちで見栄えがあまり良くありませんでした。
竜頭の滝(水は流れてます)
湯滝
華厳の滝
戦場ヶ原
湖面が凍った湯の湖
紅葉の時期の大渋滞がウソのようで、静かな自然の中で身を引き締める冷気と霊気をたっぷり味わい、今年一年を乗り切るエネルギーを頂いたような感覚にとらわれた冬の日光でした。
(了)
Posted by しんゆひで at 08:00 午前 旅行・地域, 神社 | Permalink
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2008年1月 7日 (月)
冬の日光-1
新春恒例の日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)へ5日に参拝してきました。
わたしの住む栃木県には、一の宮神社が県庁所在地の宇都宮市にある宇都宮二荒山神社(うつのみやふたあらやまじんじゃ)と日光市にあるものと2社あるのです。
面白いことに双方とも漢字では「二荒山神社」と同じなのですが、読み方が違うのです。なぜか分かりません。
ご祭神も宇都宮は「豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)」、日光は「大己貴命(おおなむちのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、味耜高彦根命 (あじすきたかひこねのみこと)」で異なります。
元旦は氏神神社へ初詣、宇都宮二荒山神社は4日に参拝し、新しいお札を頂いてきましたが、結構人が出ていました。

宇都宮二荒山神社
日光へは例年、新春と紅葉時期には出向いており、このブログにも都度掲載していますが、世界遺産にも登録されている地域だけに文化財、自然共に見る箇所が多く、何よりも自然の霊気に包まれていて、いつ来ても飽きない所です。
日光へ来ると真っ先に二荒山神社への参拝から始め、新年は新しいお札を頂きます。多くの木立に囲まれ非常に清々しい気持ちになります。

日光二荒山神社
その後、隣にある東照宮をお参りしました。
東照宮は何回も訪れていて拝観料も1300円かかるため、特別なことがない限り参拝しないのですが、今回は久しぶりに訪れてみることにしました。
東照宮はご存知、徳川家康を祀ってある神社で、陽明門、左甚五郎の作と伝えられる「眠り猫」等の多くの国宝や重要文化財を有しています。
この神社は、日光の世界遺産を成している中核だけに、参拝者も多く、中国語や韓国語の声を多数耳にする中での参拝となりました。
今回の参拝で始めて目にしたものがありました。
拝観料を払い門をくぐり左に行くと、神厩舎に有名な左甚五郎の作と伝えられる「三猿」があり、これは、諺の「見ざる、言わざる、聞かざる」を表現したものとして良く知られています。

「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な三猿
この三猿と合わせて他の猿の彫刻があるのですが、その意味するところの解説が掲示されていたのです。





この解説は、以前訪れた時にはなかったものですが、ここには猿の一生を描きながら、人の生き方を伝えていると言われています。
(9日に続く)
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2007年7月 9日 (月)
七夕の願い
一昨日、ヒーリング仲間との会食の集いがあり東京に出かけた。時間があったから久しぶりに飯田橋にある東京大神宮に出向いた。
東京大神宮は、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建され、「東京のお伊勢さま」と称されている。ご祭神は、天照皇大神、豊受大神、造化の三神といわれる、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、そして倭比賣命である。
しかし、ここが有名なのは、現在広く行われている神前結婚式が、ここの創始によるものであることから縁結びに御利益のある神社としても知られるようになったことであるが、特にここ2~3年、雑誌にも取り上げられていることから参拝客が大幅に増加したそうである。
このためか、神社にしては珍しく普段から若い女性の参拝客が多いのだが、この日は正月ほどではないものの圧倒的に大勢の若い女性の姿が目立った。
大勢の女性参拝者で賑わう東京大神宮
境内に入ると美しい女性達が何やら一生懸命書いている姿が目に付いた。
そう、今日は七夕だったのだ。「七夕祈願祭」に用意された短冊に願い事を書いてお納めすると「心願成就と除災招福」のご祈願をして頂ける。
願い事は、各人いろいろであろうが、縁結びの神社だけに「ご縁」を願った人が多かったに違いない。
しかし、いつも思うが「ご縁」を祈る人が目立つのは女性だ。男性が書いたり、祈る姿はほとんど見かけない。短冊には女性用には「織姫短冊」、男性用には「彦星短冊」が用意されていたが、私が見ている間には「彦星短冊」に書く男性は一人もいなかった。男性ももっと素直に自分の想いを書けば良いのに。
男性用の「彦星短冊」
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2007年5月25日 (金)
一の宮(観光小旅行)
私は、全国一の宮の御朱印帳しか持っていませんが、何がなんでも全ての一の宮神社を参拝しようという目標は持っていません。たまたま参拝した一の宮神社で見かけたこの御朱印帳が立派で良かったものですから手に入れ、機会があれば参拝するというスタンスでいるのです。
このため 今回の諏訪神社で104社ある一の宮神社を参拝した数が36社でやっと3分の1を超えたところです。3年間での数ですからかなり緩やかなペースです。一の宮神社は、北は北海道から南は沖縄まで、その他佐渡島、隠岐の島、対馬、壱岐等の島々にも存在しているため、正直な話、小旅行になって結構経費もかかるのです。しかも残り3分の2は遠いところです。御朱印集めのマニアでもないのであまりこだわりもありません。
御朱印対象の一の宮は104社ですが、3社の御朱印を頂く必要がある神社もあります。それは雄山神社(おやまじんじゃ)で、峰本社、祈願殿、前立社壇の3社ですが、峰本社は海抜3、003m、北アルプス立山の主峰雄山の山頂にあります。しかも開山期間は7月1日~9月30日と期間限定です。雄山神社はどこも未参拝ですが、これらを含めて104社です。
一の宮神社以外の参拝したい神社も沢山存在し、事実、結構な数を参拝してきました。神社参拝は、観光や温泉巡りを兼ねて行く事が多いため、観光を目的とした小旅行中心の計画になり易く、行きたい場所に一の宮がない場合も多いのです。このため、今回の一の宮は1年半ぶりとなってしまった訳です。
一の宮神社参拝にはあまり執着がありませんが、それでも今までに訪れた一の宮神社に限らず、参拝神社周辺には観光名所や温泉が結構あります。
浅間神社、三嶋神社周辺には富士山、河口湖、下部温泉。鹿島神宮、香取神宮、玉前神社、州崎神社、安房神社方面は房総半島と九十九里の海岸線の美しさと海の幸。
伊勢神宮、猿田彦神社では鳥羽の真珠。熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社では、那智の滝、勝浦温泉。
春日大社、大神神社、橿原神宮等では古都奈良。出雲大社周辺では玉造温泉と日本一の名庭園がある足立美術館。
九州地方では宇佐神宮、阿蘇神社、幣立神社、高千穂神社周辺では阿蘇山、高千穂峡、別府温泉等です。
今回の諏訪地方にも美しい諏訪湖や温泉がありましたが、宿泊しなかったため、温泉は諏訪湖畔にあった足湯を満喫してきました。足湯と言えば帰りにJR上諏訪駅から乗車しましたが、上りホームに足湯があったのです。ホームに入ったのが出発間際であったため残念ながら足湯は満喫出来ませんでしたが、なかなか風情があって和やかに帰途につくことが出来ました。
これからの国内小旅行は、まだ行きたい所は沢山あって飽きる事はありませんが、次回は「大人の休日倶楽部」の3日間、新幹線、特急乗り放題12,000円を利用して、一の宮神社のある新潟、佐渡島、金沢、能登半島方面と考えていますがいつになるか分かりません。神社参拝と温泉観光のバランスを考えながら計画するこの頃です。
諏訪湖畔にある足湯
JR上諏訪駅上りホームにある足湯
(了)
Posted by しんゆひで at 08:24 午前 神社 | Permalink
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2007年5月24日 (木)
一の宮(御朱印)
前回、5月22日のブログ「一の宮(御柱)」の最後に大事な文章が抜けていました。抜けたというより書き忘れです。その文章は次の通りですが、前回の文章にも追加しておきました。忘れるのは年のせいと良く言われますが、忘れるということも結構良い面があるし、必然性もあると最近気がつきましたのでこの話題は別の機会に。
諏訪大社4社を参拝し、御柱とのエネルギーの交流後、身体の中の胸から胃当たりにあった気が丹田(下腹部)に下がったのが感じられました。気が下がると言う事は、足が地につくということ。つまり「風林火山」でいう「不動如山」(動かざること山の如し)という状態の一歩を踏み出したということになるのでしょうか。これから来るかもしれない混乱の社会に少しでも動じない心を醸成するための気の変化が始まった。さすが信玄が信奉した諏訪大社のご利益だ‥‥。と勝手に考えてしまいました。
それでは今回のテーマに入ります。
一の宮神社へ参拝した時は御朱印を頂いてきます。この全国一の宮専用の御朱印帳が、前々回のブログで紹介した「全国一の宮会」で発行されています。B5版で通常の御朱印帳より大きく見栄えも良いです。
この御朱印帳には、各ページに神社名と御祭神が書かれていて、御朱印を頂くページが決まっています。例えば、諏訪大社は上社と下社が別のページになっているので、双方で御朱印を頂くことになりますが、上社にはさらに前宮、本宮があり、下社には秋宮、春宮がありますので、どちらで頂いても良いし1ページに上下に分けて2社分を頂いても良いようです。ちなみに私は、上社のページに本宮、前宮の2社、下社のページに春宮、秋宮の2社の4社分を頂いてきました。
私は一の宮神社しか御朱印を頂かないので、この御朱印帳しか持っていません。この御朱印帳には、104社の一の宮神社のページがありますが、余白ページも14ページありますから一の宮神社でないお気に入りの神社の御朱印を記入することも出来るので、ここには伊勢神宮の内宮、外宮、東京6社、奈良春日大社、橿原神宮等が含まれています。ちなみに出雲大社は出雲国一の宮なので既に参拝し頂いております。
御朱印料は神社によってまちまちですが、一般的には300円が多いようです。次に多いのが500円。「お気持ちで」と言われる神社も結構ありますが、1,000円を言われた神社が1社ありましたが多分、財政逼迫しているのでしょう。私はどこでも基本的に500円を納めてきます。勿論、その他にお賽銭をきちんと納めてきますよ。
一般的な御朱印は、墨で神社名、参拝年月日を書き、その他に国名や神社特有の文字等を書き加え、神社の印を押したものが多いです。ところが伊勢神宮は、参拝年月日と神社印のみという実にシンプルなものですが、何故か威厳を感じさせます。
神社名は墨書きするのが通例ですが、1社だけ印を使用しているのがありました。印というと格調のあるイメージなので、印というより観光地によくあるスタンプと評した方がこの場合は的確ですね。ここでは「平成・年・月・日」もスタンプで参拝年月日の数字だけが墨書きです。スタンプの間に数字を書くからバランスが良くない。ご丁寧に実際の参拝日4月11日を4月9日で記入されてしまいました。御朱印料は1,000円ではなかったですが。まあ、これも思い出の一つになりますね。この神社が繁栄されることを祈るばかりです。
全国一の宮専用御朱印帳
伊勢神宮内宮御朱印 一の宮神社ではありません
出雲国一の宮 出雲大社御朱印
信濃国一の宮 諏訪大社御朱印 上:上社本宮 下:上社前宮
地元 下野国一の宮 二荒山(ふたあらやま)神社御朱印
地元 日光二荒山(にっこうふたらさん)神社御朱印
(つづく)
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2007年5月22日 (火)
一の宮(御柱)
諏訪大社は、信濃国の一の宮。上社(かみしゃ)と下社(しもしゃ)があり、上社には前宮(まえみや)と本宮(ほんみや)が下社には春宮(はるみや)と秋宮(あきみや)の4社があります。つまり4ケ所に鎮座する変わった形の神社で、日本で最古の神社の一つに数えられています。
諏訪大社のある諏訪市は、「風林火山」で放映された諏訪頼重が武田信玄(晴信)に侵攻された所で、娘の由布姫(諏訪御料人)が後に信玄の側室になっていきますが、父の仇の復讐心と女心の複雑な心境を織り交ぜながら、先週、今週とドラマは進行しています。信玄は諏訪大社をあつく崇敬し、戦乱で荒れた神領を元に戻し祭礼の復興に尽力したと言われています。
諏訪大社で有名なのは、数え年で7年に1度行われる御柱祭。天下の三大奇祭の一つに数えられています。ちなみに、残りの2つは、なまはげ(男鹿市)、吉田の火祭り(富士吉田市)です。前回は平成16年に行われ、次回は平成22年です。
この祭りは4社の社殿の四隅にある樅(もみ)の木を寅と申の年に長さ17m、周囲3m、重さ10トン以上もの大木を、氏子総勢で山中から引き出し、4つの宮の社の四隅に各1本ずつ計16本を立て替えるという壮大な祭りです。私は、実際にこの祭りを見た事はなく、テレビで見ただけですが迫力は十二分にあったことを記憶しています。詳しくは、こちらのホームページをご覧頂くと良いでしょう。
諏訪大社の参拝は、上社前宮、本宮、下社秋宮、春宮の順に行いましたが、当然の事ながら全ての社に御柱が立っていました。そこで、立ち入り出来ない4本以外の12本は全て御柱に直接触れてエネルギーの交流を行い、触れられない御柱は遠隔交流を行ってきましたが、非常に気持ちの良い気分になりました。
諏訪大社4社を参拝し、御柱とのエネルギーの交流後、身体の中の胸から胃当たりにあった気が丹田(下腹部)に下がったのが感じられました。気が下がると言う事は、足が地につくということ。つまり「風林火山」でいう「不動如山」(動かざること山の如し)という状態の一歩を踏み出したということになるのでしょうか。これから来るかもしれない混乱の社会に少しでも動じない心を醸成するための気の変化が始まった。さすが信玄が信奉した諏訪大社のご利益だ‥‥。と勝手に考えてしまいました。
上社前宮
上社本宮

下社秋宮
下社春宮

前宮御柱
本宮御柱

秋宮御柱

春宮御柱
(24日につづく)
Posted by しんゆひで at 08:36 午前 神社 | Permalink
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2007年5月21日 (月)
一の宮(JR20周年)
今年はJRが民営化されてから20周年目に当たります。これを記念してJRからトクトク切符が発売され、私は2種類の20周年記念トクトクきっぷを利用しましたが、利用された方々も多かったと思われます。
まず、青春18きっぷの20周年版を利用しました。名前から判断すると若者向けと思われがちですが、年齢制限はありません。通常このきっぷは、春、夏、冬の3回、1回当たり5日分、JR全線普通車が乗り放題11,500円で発売されていますが、今年の春は、記念価格8,000円で発売されました。このきっぷは、1人で5日分使っても良いし、複数人で5日分相当分を使用しても良いという使い勝手の良い優れものです。
利用期間3月1日から4月10日までの間、精神世界関連、行楽で東京近郊へ出かける事が多かったので始めて購入してみましたが、結構割安になりました。私の所から東京へ出ると往復3,240円かかりますが、このきっぷだと1日1,600円(8,000円÷5日=1,600円/日)で済みます。鎌倉に妻と花見に行くと通常5、040円/人ですからさらにお得になりました。
2つ目がJR東日本の新幹線、特急1日乗り放題6,000円のトクトクきっぷです。しかも、指定席が4回まで確保出来るという、これまた優れもの。ただし、このきっぷは50才以上の方で「大人の休日倶楽部」に入会するという条件があります。このきっぷの利用期間は5月14日~24日。
「大人の休日‥」に4月下旬に入会し、先週18日にこのきっぷを利用して諏訪湖周辺の諏訪大社に行ってきました。通常ならば私の家から往復約2万円かかりますから、大変お得なきっぷです。
私は3年前の04年3月から全国の一の宮神社を巡拝していて、一の宮神社は一昨年の11月に九州へ行ったのが最後になっていたので、この機会に6,000円で日帰り可能な未参拝神社として諏訪大社に決めたのです。一の宮神社とは、「全国一の宮会」(私は未加入)の解説では次のようです。
「一の宮」は、平安時代から鎌倉時代初期にかけて逐次整った一種の社格です。それは、朝廷や国司が特に指定したものでなく、諸国において由緒の深い神社、信仰の篤い神社が勢力を有するに至って、おのずから神社の序列が生じ、その最上位にあるものが「一の宮」とされ、以下二の宮・三の宮・四の宮と順位がつけられたのです。しかし、時代の変遷とともに変化もあったようで、一国内に二社以上の「一の宮」が存在するのはそのためです。(後略)
全国の地名で「一宮」というのがあるのは、そこに一の宮神社があることが多いようです。
さて、新宿から特急「あずさ」に乗車、諏訪大社のある諏訪までの沿線は、今年のNHK大河ドラマ「風林火山」で有名な武田信玄のゆかりの地でもあり、いたる所にPRポスターやのぼりが目についていました。
最初に茅野駅で降り、駅からはレンタカーを利用します。一の宮神社巡拝はこのパターンが多いですね。駅か空港からレンタカー。異なる営業所でもワンウェイ(乗捨て)可能で、同一都府県内なら手数料無料。最近のレンタカーは無料のナビも付いていますから非常に便利です。
そして、最初の目的地である諏訪大社上社の前宮に向かいます。この前宮本殿周辺では、小学生の遠足で来た児童達が楽しげに戯れる風景が見られ、何ともほのかな気分にさせてもらったものです。
(つづく)
Posted by しんゆひで at 08:55 午前 神社 | Permalink
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2007年1月 4日 (木)
東京神社初詣巡り
毎年1月3日は、兄弟姉妹が東京に住む母の所に集まる慣わしになっている。私はここ数年、明治神宮に参拝後に母の所に行くことにしている。日本一参拝客の多い明治神宮に行くと、着物姿の参拝客も多く日本の良い正月風景が見られるからである。
今年は、その94才の母が腰痛のため入院してしまったため、兄弟姉妹の集まりは取りあえず延期になった。そこで、東京の病院に母の見舞いの後、時間もあることから、この機会に東京の主たる神社の正月風景を見るため何社か神社初詣巡りをしてきた。
巡った順に、東京大神宮(飯田橋)、靖国神社、明治神宮、日枝神社(永田町)、神田明神(外神田)の5社である。地下鉄を駆使すれば簡単に回れる。
この5社は、時折、東京に出たついでに参拝していてお馴染みの神社で通常の参拝風景に比べると、やはり正月3日目の参拝はどこも普段より格段に多い参拝客で大賑わいであった。
ところが、最初の東京大神宮で驚いてしまった。神社に近づくと大勢の人が路上に並んでいる。午前11時30分頃で、最後尾が45分待ちということであった。ここの神社は入り口や境内が狭いためだが、これほどの行列は初めて見た。
東京大神宮は、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建され、「東京のお伊勢さま」と称されている。ご祭神は、天照皇大神、豊受大神、造化の三神といわれる、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、そして倭比賣命である。
しかし、ここが有名なのは、現在広く行われている神前結婚式が、ここの創始によるものであることから、近年縁結びに御利益のある神社としても知られるようになったことである。警備にあたっていた警備員の方の話によると、近年、雑誌にも取り上げられていることから、ここ2~3年参拝客が大幅に増加したそうである。
このためか、神社にしては珍しく普段から若い女性の参拝客が多いのだが、昨日の45分待ちの行列は圧倒的に若い女性の姿が目立った。
普段から良く来る神社で、またの機会もあることと、大勢の若い女性の中に入る恥ずかしさ(?)もあって、風景写真だけ撮って参拝はせず次の目的地に向かった。
あとの神社は、込んではいたものの真正面からの参拝ではなく、端からの参拝によって、待ち時間ゼロで参拝を済ませた。何回も行っていると立つ位置は全くこだわらないようになるものだ。
帰ってから、携帯写真を見てみたら全てピンボケであった。距離を接写用にしていたためらしい。写真が掲載出来ないのが唯一残念なことであったが、良い神社初詣巡りであった。
Posted by しんゆひで at 08:38 午前 スピリチュアル, 神社 | Permalink
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2006年11月29日 (水)
富士ツアー1(パワースポット)
(上)日の出直後の富士山(河口湖のホテルより‥11/25 6:36)
(下)富士山3合目付近からの逆光風景(11/24 14:44)
11月24日、25日、ある会社主催の「”知られざる富士”発見!!スタディ&ツアー」に参加してきました。
内容は、富士山麓の神社を含めたパワースポット巡り、紀元前数千年前に富士山麓に「高天原王朝」を興したことを記した「富士古文書(宮下古文書)」の話と、その古文書が保管されている神庫視察、その他富士や古代に関する講演等です。
富士ツアーと言うからには、実物の富士山が見えなければ価値は半減以下になりますが、何と新富士駅では、雲に隠れて見えなかった富士山が、バスに乗って河口湖を目指している途中から雲は見えない快晴となり、翌日帰りの新富士駅まで雲がひとつもかかりませんでした。2日間の快晴の大きく雄大で様々な富士山を目の前に見たことは初めてであり、大きな感動となり、癒しのエネルギーと夢見も含めていろいろなメッセージを受けてきました。
ツアー前日までは雨、ツアーの翌日は下り坂の天気となる中で、このツアーに照準が合った完璧な天気は、完全にシンクロニシティーが起きていたと実感します。参加者は40名ほどですが、全ての人が精神世界の真実を求めている人達ばかりですから天の強力な支援があったからでしょう。その証拠に竜神の姿らしい雲も見られました。
富士山が完璧に見られることでもエネルギーを沢山受けたことになりますが、他に北口本宮浅間神社(御祭神 木花開耶姫命 このはなさくやひめのみこと他)、河口浅間神社を参拝し、素晴らしいエネルギーを頂いてきました。
写真は北口本宮浅間神社
(つづく)
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Posted by しんゆひで at 09:33 午前 スピリチュアル, 心と体, 神社 | Permalink
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2006年10月17日 (火)
神々の降臨 7
「神々の降臨1」で「かごめの歌」のことを書いたが、その中で、とりは止理ということであるが、詳細は後日報告としておいた。
止理とは「理を止めておく」という意味。理とは「真理」、つまり「真理を止めておく」という意味になる。従って、「かごの中の鳥はいついつ出やる」の意味は、「止めて置かれた真理がいつ世に出てくるのか」ということになる。
そして、つるとかめが統(す)べった今、天地合一がなされ、真理が解き放たれた。今まで、一部の人にしか理解されていなかった真理が解き放されたということは、多くの人に広がり認知されていくということである。
それでは、真理とは何か。ある本によると真理は言葉では言い尽くせないらしい。人の意識によって感じ方も違ってくるかもしれない。
真理とは何かを問われた時に、当面、次のことで良いのではないかと、私は考えている。
「全ては一体であり、生命は永遠である。人間の本質は、肉体を超えた霊的存在である」
目に見える物質に本質があるのではなく、目に見えないものに全ての本質がある。
目に見えないものの正体は ?。それは、「神」とか「創造主」とか「大いなる英知」とか「大いなる存在」とか「宇宙の英知」とか「宇宙の意識」とか「サムシング・グレード」とか「キリスト意識」等々、いろいろな名前で呼ばれているものだ。
これらのことは、知識だけでは自分のものに成らない。意識の中に浸透させていかなければならない。そのために、目に見えない”それ” に常に意識を向けていくことが必要だ。
これによって、降臨した神々の力を大きく使うことが出来、その結果、本当の意味での「愛と真実」に裏打ちされた思いの実現が可能になってくると思われる。
神々の降臨の真の目的は人々を霊的(性)向上に目覚めさせてくれることにあるのだろう。その結果として、力を与えてくれる。
霊的(性)向上、これは簡単だ。ただ、そのようなことに意識を向けていくだけで良い。後は、内なる英知が導いてくれるだろう。全ては、そのことを受け入れるかどうか、各人の意識にまかされている。
まだ始まったばかりだが、道のりは意外と短いかもしれない。神々の降臨とは、真理の道に全ての人々が気づいていける時代に入ったということだ。(了)
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Posted by しんゆひで at 08:59 午前 スピリチュアル, 心と体, 神々, 神社 | Permalink
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2006年10月16日 (月)
神々の降臨 6
9月23日に神々が降り始めてから10月7日の満月の日までに、全ての人々に神の力が宿ったことを、天からのメッセージがあったと、I先生は言っていた。分かりやすく言えば神の力を受胎したことになり、今は妊娠期間に入ったのだという。
人間の場合は妊娠すると、お腹が大きくなっていくから、子供がいるのが認識出来るし、普通の生活をしていれば子供は育っていく。案ずるより生むが易しだ。
しかし、神の力は認識しにくい。神の力では分かりにくい場合は、大自然の力や生命力と言い換えても良いかもしれないが、それでも認識しにくい。
従来は、神や大自然や生命力等の力を得るには、それこそ、苦難な修行が必要だった。修行しても得られない人も多かったかもしれない。それが、これからは修行しなくても力が得られる。
しかし、これらの力が宿ったといっても、全ての人がハッピーになる訳ではないらしい。I先生は、神の力は人間を通してしか使えないという。良いことにも悪いことにも使える。良い悪いは、人間の価値判断によるもので、大いなる英知は価値判断しないで、人間の思いの実現に全力を尽くすとは、前回書いた。
全ての人に宿った力は、その人の意識の程度によって、従来より早いスピードで思いを実現させていく。今後、良いことも悪いことも現実化のスピードが早まっていくだろう。
そうなれば、いわゆる良い、悪いの出来事がゴチャマゼになって、世の中は更に混沌としてくる可能性が強い。何もしなければ、対立の図式は深まっていく。前回書いた神社の行く末を案じてしまう。何故なら、現代を象徴しているようであるからだ。
従って、人間の意識を変換させていかなければ、明るい秩序ある未来に希望が持てなくなる。
それでは、その意識の変換とは何を指すのだろう。(つづく)
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Posted by しんゆひで at 08:45 午前 スピリチュアル, 心と体, 神々, 神社 | Permalink
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2006年10月12日 (木)
神々の降臨 5
神社周辺にある商業地域の中で、老舗デパート以外にもいくつかのデパートが倒産したり、郊外へ移転したりした。他にもいろいろな要素があって、この周辺は経済的には、少々沈滞気味の所だ。よって、市としても経済の活発化を図りたいところだろうが、近隣住民、神社の対立の図式を作り出してしまった。
これは、神社のいわゆる「御神徳」が足りないのか。それとも神社を敬愛する人々が少ないのか。その両方なのか。
今、社会全体が混沌としてきているのは誰でも実感している。世の中の事件、事故を見聞きすると、以前では考えられなかったようなことが起きている。従来の常識や価値観が崩れてきている。秩序が崩壊されつつあるような感じだ。そして、どちらが良いとか悪いとか単純に決められない複雑な図式になってきている。
このように複雑になってきているのは、スピリチュアル的に言えば、人々の思い、思考、想念がバラバラになってきているからではなかろうか。人々の思い、思考、想念が世の中を作っていく。考えたとおりの場を作っていく。
まだ、人の思い、思考、想念が現実を作り出すということを理解している人は少ない。特にネガティブな思考は強力だと言われるが、理解していないから、平気で批判したり、グチをこぼしたり、人のせいにしたりする。
日常的な、そんな思いや会話が自分や家庭や世の中を作り出していく。思いがネガティブだから、ネガティブな個人や社会を作り出す。当然、健康にも影響を及ぼしていく。
大いなる英知は、良い悪いの判断はしないで、人々の思い、思考、想念を実現することに全力を挙げる。もっと、自分の思いを前向きに、大切に、慎重にしなければいけないことが分かる。
だから、世の中の有様は人々の集合意識の表れでもある。よって、神社の中で対立図式が見られるのは、いよいよ神聖な領域まで人々の荒々しい思いや思考や想念が広がってきてしまったのだろうかと考えてしまう。
そのような中、神々が降臨し始めたというのは、どういう影響を与えていくのだろうか。(つづく)
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Posted by しんゆひで at 09:41 午前 スピリチュアル, 心と体, 神々, 神社 | Permalink
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2006年10月11日 (水)
神々の降臨 4
宇都宮二荒山神社の御祭神は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)。ここには、今年の節分祭以来、約8か月ぶり位に参拝したが、少々奇妙な光景に出会い驚いた。
神社境内の手水舎脇に「超高層マンション建設反対」の看板を立てていたのである。
宇都宮市に鎮座する二荒山(ふたあらやま)神社は、JR宇都宮駅から西に伸びる駅大通りの側に位置し、参道も階段になっていて本殿は高い所にあり、場所的にも良い所だ。参道の両脇には、かつて老舗のデパートがあったのだが、2000年12月に倒産し、その跡地利用が注目されていた。
そして、地権者の大手ゼネコンと市の関係者が協議し、東側は地下1階地上8階の複合施設建設のため、建物を取り壊し中であるが、西側の商業施設とマンションの複合施設は、看板によると24階立て82.5mの高さになるという。これが景観を損なうということで反対し、看板を立て署名運動を行っていた。私も出来ることなら立たない方が良いと思い署名した。
住民からの建設反対陳情書は、つい10月2日の県議会土木委員会が「マンション建設後に神社の両側には従来の3倍に当る公共空間が生まれ、景観には全く支障がない」として不採択にした、と新聞が報じていた。
さて、ここからが本題である。
通常、われわれが神社を参拝する時には、願い事の祈願の他に、神々に敬意を表し、心が穏やかに静寂になることを無意識のうちに期待している。それは、人間と神社境内との空間との間に平穏な調和を求めているからだ。神社は神々の象徴でもあり、その場の調和を醸し出す役割も果たしている筈だ。
それが、「‥‥反対」では、調和の反対の対立の雰囲気を作り出してしまい、穏やかな心は醸成されない。
私は、神社側の立場は理解出来る。しかし、この光景を見ていると、混沌とした世の中の状態を象徴しているかのように思えてならない。これは、どのような意味を持つのであろうか。(つづく)
写真左は反対看板 右は神社とマンション模型(画像をクリックすると別ウインドウで大きく見られます)
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Posted by しんゆひで at 10:01 午前 スピリチュアル, 心と体, 神々, 神社 | Permalink
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2006年10月10日 (火)
神々の降臨 3
前回、「神々の降臨2」を投稿し、(つづく)としながら、ネット接続トラブルでお休みしていた「神々の降臨3」をお届けする。
覚えてない方、初めての方は、「神々の降臨1」と「神々の降臨2」を読んでから進んで欲しい。
9月23日に神々が降臨し始めたという、そのような中、とりあえず神々にご挨拶しておこうと思い、翌24日に地元の氏神神社、県内の宇都宮二荒山(ふたあらやま)神社、日光二荒山(ふたらさん)神社の3社に参拝に出かけた。
日光二荒山神社の主神は大己貴命(おおなむちのみこと)で別名、大国主命(おおくにぬしのかみ)。この神社には何回も参拝に来ている。さすが日光は世界遺産の地、大自然に囲まれ境内に入っただけで良い気が流れているのが分かる。私の少し後ろを歩いていた若いカップルの男性から、「気持ちが良い。心が洗われる」という言葉が耳に入った。なんとも神々しいかぎりの場である。
社務所前で神社の由緒書きをもらった途端、手からするりと、その由緒書きが地面に滑り落ちた。その瞬間、「あっ」と思いながらも、すぐに、「地に降りた」という想念が内から湧き上がった。何が。神がである。神が地に降りた、という想念である。不思議であった。このような極めて些細なことでも神々の仕業に結び付けた想念が出てくる。常々神々のことを意識しているからだろうか。神を信じない人は、おかしいとか、考えすぎと一蹴してしまうだろう。
ここの神社は、御本社は日光市内であるが、中禅寺湖畔に中宮祠がある。ご神体の男体山への登坂口である。ここにも必ず参拝するが、手を合わせている間、身体が激しく動き、後ずさりもした。いわゆる霊動である。神社参拝中、神社のエネルギーと同調すると良く起こるが、今回のは結構大きかった。神の降臨を実感出来たのかもしれない。
奥日光の湯元では、もう木々が色付き初めていた。
この後、帰途についたのだが、実は、日光の前に宇都宮二荒山神社に参拝しているのだが、ここで奇妙な光景に出合ったのである。(つづく)
後方にご神体の男体山が見える日光二荒山神社中宮祠
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Posted by しんゆひで at 07:22 午前 スピリチュアル, 心と体, 神々, 神社 | Permalink
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2006年9月27日 (水)
神々の降臨 2
昨日の書いた夢は、「コンピュータが1番の番号を変換すると、かめの上につるが乗っている図柄が表れる」というものであった。この夢を解釈してみよう。使用する夢のシンボル辞典は、私が愛用の「ドリーム・ブック」である。まず、コンピュータは辞典にない。そこで似たような言葉で計算機があった。この意味は「自己評価。ものごとの辻褄(つじつま)が合うこと。あるいは状況を理解すること」となる。次に、数字の1番だ。これは「新規。神との合一。生命の一貫性」とある。つるとかめは辞典にない。そこで、「かごめの歌」の解釈を使用してみよう。かめの上につるが乗るというのは、まさに合一である。天地が合一するということに解釈出来る。
よって、夢の解釈は直訳すると、「天地が合一、神との合一、生命の一貫性など、ものごとの辻褄が合ってきて、状況が理解出来てきたようだ」となるが、分かりやすく言うと、「天地、神との合一の状況になりつつあることが理解出来る。今まで起こってきたことの辻褄が合う」となる。夢は私自身の事を表している訳だから、私が理解したということだ。
ただ、夢は何時かという時を表していない。あちらの世界には、時間がないからだ。明日のことの夢を見る場合もあるし、まだ起こっていない夢も見ている。したがって、この夢の場合はどうかとなるわけだが、感覚的には”今”のような感じだ。
よって、時機が来たと解釈してよさそうだ。いよいよ始まった。との思いが強くなる。(つづく)
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2006年9月26日 (火)
神々の降臨 1
2006年9月23日ついに神々が降臨し始めた。とI先生が言っておられた。23日とは、わずか3日前の秋分の日である。この日が神が世に出た日という。そして、かごめの歌の意味を解説していた。この歌は神が世に出ることを歌っているのだと言う。
”かごめかごめかごの中の鳥はいついつ出やる夜明けの晩につるとかめがすべった後ろの正面だあれ”というかごめの歌は有名だが、意味不明でその解釈もいろいろあるらしい。I先生の解説のポイントは、”かごめ”とは籠(かご)の目で六芒星をさす。上向きの△と下向きの▽が合わさった形で△は火(カ)を表し、▽は水(ミ)を表し、カミを表すのだと言う。そして、これはインターネット情報であるが「霊体と肉体の結合」「火と水の結合」「男と女の和合」等を象徴し、エネルギーも高く、調和、統合を指し、大宇宙を意味すると言う。六芒星に関心ある方は、このインターネットのサイトに接続してみて欲しい。
夜明けの晩とは、9月22日の新月の日に太陽と月が17時30分頃同時に沈んだ晩のことという。つるはつるぎを表し、月のシンボル。かめはかめを表し、カガミだという。すべるとは統(す)べることで統合するということ。とりとは止理(利)の事で、この意味は詳細を聞き漏らした。追ってご報告したい。
これらが、神が世に表れたという意味で、数ヶ月前から先生は予言していた。先生は、オーラや霊が見えるし、エネルギーの流れが解るからいろいろ解説してくれるのだが、普通の人には何となく感じるだけかもしれない。私は、私なりにその流れを読もうとしている。目に見えない世界のものは見えないが感じることはある程度出来る。
実は、I先生は今年の3月29日を境に闇の月が光の月に変わり、太陽の光が強くなって大地のエネルギーが高くなると、2月頃から言っていた。これは、一言で言えば、元気が出るということだ。2月から3月は私が絶不調の真っ只中であった時だ。先のブログで書いたが、3月21日の東京の桜開花日に個人セッションを受け、月が闇から光に変わる29日が過ぎ、4月9日の地元の桜満開日に家族との桜見物を境にして急激に意欲が湧き出てきた。これは、セッションを受けたから、薬を飲んだから、家族と散歩したからとかのレベルの話ではないと思う。今から考えると、それらは、あくまで流れに乗るためのキッカケであったようだ。それらにより明らかにエネルギーの流れに乗ったのだ。先生は、そのエネルギーの流れを完全に読んでいた。これは、地のエネルギーである。
その先生が、いよいよ天のエネルギーが降臨したという。神々とはエネルギーである。形のあるものではない。万物を司る根底のエネルギーだ。そういえば、8月27日に「コンピュータが1番の番号を変換すると、かめの上につるが乗っている図柄が表れる」という夢を見ていた。あの「かごめの歌」を連想する夢だ。神々が降臨し始める約1か月前のことである。(つづく)
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写真は、日光二荒山神社の鳥居に射す朝日の光
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2006年9月10日 (日)
始めに 7(桜の開花)
どん底の状態に入っていた。何の気力も無くなる。繰り返すが意欲が出ない。しかし、このままではどうしようもないので、外へ出て、気晴らしに行く。近くの公園で散歩する。必死だ。うつの特徴として、動き回る症状があると、ある本に書いてあった。私は、もともと動き回るというか、歩き回るのが好きで特に考える時は外でも内でも歩き回っていた。だから会社の後輩や妻から「熊が動いているようだ」とよく言われたものだ。
しかし、よく歩き回った今回は、気晴らしのためが多かった。気晴らしというより、動くほうに意識を分散させることにより、静止している時に起こり易い不安感の拡大を防止させているのかもしれない。
それと、動作の変換が辛くなる。これは、例えば、歩いている状態から休憩の状態に入ろうとして静止する際に、なかなか動作の変換が出来ない。寝ている状態から起き上がる動作の変換が辛い。家の中で動き回っている状態から食事のためテーブルに着く際の切り換えが辛い。食事を終わってからイスを立ち上がることが辛い。つまり、同一動作の継続は良いが、次の動作への切り換えが難しい。これは肉体的に動けないというより、精神的に動けないということだ。切り替えようと自然に出ない。かなりの意志が必要だ。
日頃から妻は私に対してあまり要求めいたことは言わない。今回も、激励はしてくれるが頻度は多くない。そっと見つめているだけだ。私の好きなようにさせてくれ、あるがままを受け入れてくれている。これがありがたい。特に、症状の重い時は、激励、心配は重荷になる。ましてや妻にはなかったが、咎めや煽りは最悪である。あるがままに受け入れてもらうことは、受け入れられる立場から言うと、最高の愛情だ。しかし、受け入れる立場から言うと非常に難しいだろう。
苦しい状況が続く中でも、4月からエネルギーの流れが変わり、局面転換があると考えていた。いや願望なのかもしれない。よって、妻にも、今回の出来事はスピリチュアルな観点から話をしてあり、「4月から変わるかもしれない」と不安を打ち消していた。
そして、3月21日、I先生の個人セッションを受けに行く。この日も1人で行く自信がなく妻に同行してもらった。セッション中、妻は近くの千鳥ケ淵を散歩した。
私の話を一通り聞くと、先生は「頭にエネルギーが相当に集中している。前にいると私も頭がクラクラしてくる。それでは、頭がボーっとしたり、痛くなるのは当然だ。そして頭の中が混乱している。多分、溜め込んだ思考が出ているのだと思う」というような趣旨の話をし、いろいろアドバイスを受け、ヒーリングを受けた。先生と話しているだけで、溜め込んだ感情が抜けていくのが分かる.。私の状態は5月連休明け位までには戻ると明言した。
セッションが終わり帰途についた。帰り道、妻が「千鳥ケ淵に桜が咲いていたわよ」と言う。少し早いと思いながらも「そう」と答える。帰りの電車の中で頭がスッキリし、不安感が少なくなり、自信が少々ついてきたことに気づく。この状態が長く続くことを静かに祈る。
家に帰り、「東京の桜が今日、開花しました。平年より1週間早い開花です」とのテレビのニュースの声が聞こえた。
桜の開花宣言の基準桜がある靖国神社
Posted by しんゆひで at 09:03 午後 はじめに, スピリチュアル, 心と体, 神社, 調之杜 | Permalink
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2006年9月 7日 (木)
始めに 4(聖なる歌)
06年に入ってから身体への影響が激変した。今までは胸のあたりの感情面の不安定さが主であったが、これが頭にも拡大したのだ。頭への拡大とは、まず、頭の前頭部、側頭部、後頭部が局部的に日替わりで痛くなる。そして圧迫感や頭のボーっ。これらは何とか我慢出来ても、辛いのが表現が難しいが、頭の中の意識のピントが合わなくなってきたということか。現実に意識が合わなくなってくるのだ。ピントが合わない。温泉に行っても、好きなテレビ番組を見ても楽しめなくなることが多くなった。しかし、これは毎日ではなく、ピントが合って普通に楽しめる時もある。長く続くと完全にダウンしてしまうので、2~3日続くと休憩時間のように意識のピントが合って平安になり、休憩後、戻るような状況になっていく。まさにジェットコースターのようだ。
徐々にこの状態が広がりそうな1月10日、「聖なる歌を載せた本が2冊ある」夢を見る。実は、1年ほど前から祝詞をほぼ毎日読んでいる。夢見の3日後の13日11時頃、、お気に入りの「ときめきの富士」のDVDをBGMにしながら、祝詞の「六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらい)」を読んでいる時、突然、ある感情が湧き上がり涙が出てきた。
感謝の感情だ。世話になった人を始め、家族へ、特に妻に対する感謝が強い。そして子供2人へ、同居する妻の姉へ。感謝の念が、「ありがとう」の言葉になり、そして至らなかった謝罪の言葉と共に号泣した。地震で言えば震度6強から7か。その後、「大日本国々一ノ宮」の祝詞と「ときめきの富士」の音楽だけでも同様なことが3回ほどあった。震度5~3の余震だ。「聖なる歌を載せた本2冊」とは、「祝詞」2冊であった。「ときめきの富士」はそれに準ずるのかもしれない。
そして、17日の「NHKニュース」の夢を見た翌日、有名なライブドア事件のニュースを見る。この時、全身の細胞が震えるのを感じる。歓喜で震えるのではなく、恐怖、不安で震えるようであった。それから暫くの間は、暗いニュースに全身細胞が敏感に反応するため、テレビ、新聞から遠ざかることにした。勿論、楽しいことも遠くなっていくことが多かった。
そうは言っても、正常に戻り、至福状態になる時もあったが、長くは続かないため、この間、いろいろな神社へ行き現状から脱皮しようと模索していた。そして2月7日に秩父の今宮神社で正式参拝し、お祓を受けたら、それまでの辛いマイナス波動が取れて久しぶりの晴れがましい心になった。
しかし、晴れがましい心もつかの間で、辛さは無くなることはなくドンドン深みにはまっていくようだった。頭から、胸から、胃から、足から、全身の細胞からマイナス感情が湧き出て、全身にマイナス波動が充満しているのが感じられるようになり、思考も完全にマイナス思考となってきた。
2月27日、ついに「自殺してもいいよ」「お父さん暗い」という夢の中で声を聞く。そして3月に入っていく。
Posted by しんゆひで at 09:18 午後 はじめに, スピリチュアル, 夢, 心と体, 神社 | Permalink
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2006年9月 6日 (水)
始めに 3(体調の激変)
05年も終わりに近づくにつれ、夜中に目を覚ます回数も多くなり、辛さも大きくなってきた。そして12月22日に、「マラソンゴール前、1人は真っ直ぐ走りゴールへ向かう。もう1人はゴール前であちこちとコースを走り迷っている。”頑張れ”と声が掛かる」夢を見る。新しい年を目前に迎える時に、浄化と考えながらも、身体の変調が病へとつながっていくのではないかという不安、迷いの意識状態を表した夢だ。
25日には、「滑走路の上に立つ。頭の上で巨大なジャンボジェット機が離陸する」夢を見る。一般的に飛行機は精神的霊的覚醒の象徴である。「夢解釈」では、離陸する飛行機とは新しい高みに上昇することだ。私は、そのように解釈して、今起こっていることに対して自分で自分を勇気づける。
そして、12月30日、「お店沢山出ている。温泉のお店探すが見つからない」夢を見る。これが、新しい年を迎えての局面転換につなっがていく。
大晦日、紅白歌合戦を見てから、頻繁に参拝している近くの氏神神社に初詣に行った。畑を仮整備した臨時駐車場に駐車しようとした際、立ててあった神社のポール旗に接触し、ポールを曲げてしまった。
縁起でもないと思いながらも、普段は参拝する人をあまり見かけない神社に大勢の人がいることに驚きをいだきながら、参拝後、普段はほとんど引かないおみくじを引いた。小吉であったが、詳細は忘れたものの、「面倒なことがある」ことと「病は長引く」ような事が書いてあった。
そして年明けの1月1日の元旦の夜は、「富士山の山頂に雪・眉間に光・カラーで透明な水色の水」の夢を見て、この夜は至福と平安の感情を十分味わった。
毎年恒例の1月3日に明治神宮を参拝して、「大御心(おおみこころ)」を引いた。明治天皇御歌と昭憲皇太后御歌の2種類があり、当日は昭憲皇太后御歌を引いた。この御歌は次の内容であった。「茂りたるうばらからたち払ひてもふむべき道はゆくべかりけり」というものであった。これは「トゲの茨、針のついたからたちなどの生い茂っている困難な道でも、人としてふみ行わなければならない正しい道は、どんなに苦労しても、強い信念を持って、勇敢に進むべきです」と解説してあった。
神社のおみくじは神様からのメッセージだと言う。
夢は、明るい展望と暗い先行きの双方を暗示しているが、現実は、おみくじ・御歌が示すように、さらに辛いものになってきて、日中の感情にも影響が出てくるようになり、リラックス出来る状態が少なくなってきた。
定年後、近くの温泉場でプールでのアクアビクスや温泉入浴を楽しんでいたが、これが温泉場へ行っても楽しめなくなってきたのだ。これが12月30日の夢の意味することであった。
雪の日の氏神神社
Posted by しんゆひで at 09:45 午後 はじめに, スピリチュアル, 夢, 心と体, 神社 | Permalink
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